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『一応聞くけれど、貴方、真樹夫(まきお)よね?』
ねこに声を掛けられた上に、おれの名前まで聞かれてしまうとは何とも変な夢だろう。
気分も味も悪い。
まだ現実逃避をしているおれは、「これはおれの夢か」それともお前の夢か、はたまた仙太郎の夢か、と自問自答。
ぺしり―、ねこパンチを食らったのはこの直後のことだった。
わりと威力のあるねこパンチに呻いたおれは、『そうだよ』頼子の質問に生返事。
真っ黒な毛並みを持っていても一応おれはお前の夫だとヤケクソに返答。
すると頼子は『夢かしら』これはわたしか、貴方、そして仙太郎の夢に迷い込んだのかしら、とおれと同じ自問自答を開始する。
なんだよ、お前も結局は現実逃避をするんじゃないか。
わりと痛かった猫パンチを返してやりたい。
しかし現実逃避だってしたくなるよな。
おれは耳を垂らし、力なく尾を動かした。
嗚呼、人間のおれがまさか尾を持つことになるとは、とんだ悪夢。
なんだってこんなことになっちまったんだ。
本当なら起床して、イソイソと朝食を食いながらスーツを身に纏い始めている時間。
なのに今のおれはねこ。ねこ。にゃんにゃん。
まさかねこがスーツを身に纏って出勤するわけにもいかないし。
頼子だって本当なら、今の時間化粧に勤しんで出勤の支度をしているだろう。
誰の夢に入り込んでいるんだろうな、おれ達。
呻くとねこの渋った鳴き声が出た。
やっぱり今のおれはねこのようだ。



