夏海は右手に雅樹が選んだ風鈴を、左手に信太郎が選んだ風鈴を持ち、顔の高さまでつまみあげた。
「うーん、どっちにしよう」
「どっちも赤じゃん。遠目からだと一緒に見えるって」
「もう!信ちゃんは黙ってて」
「へいへい」
「マーくんはどっちがいいと思う?」
「なっちゃんが好きだと思うほうにしなよ」
相変わらず優しく微笑んで雅樹は答えると、チラリと信太郎を見やった。
その意味ありげな視線に気付いてはいたものの、信太郎は素知らぬ顔で浴衣姿の女の子を目で追うふりをする。
「よしっ、じゃあハイビスカス!」
二人の男の間に、微妙な空気が流れた。
カランコロン。
チリンチリン。
下駄と風鈴がアンバランスなハーモニーを奏でる。
雅樹の薦めてくれた風鈴を選んだのには、夏海なりの複雑な心境があった。
淡い光の中で信太郎と見つめ合った瞬間、締め上げられるような胸の痛みを覚えたのだ。
金魚の絵柄の風鈴を選べば、それを見るたびにそのときの想いが蘇ってしまう、そう思ったからだ。
相変わらず、下駄と風鈴はそれぞれに自分の存在をアピールするかのように音を立てる。
「騒がしいやつだな、おまえは」
信太郎が苦笑した。
「迷子にならなくていいかも」とフォローするように雅樹が言う。
三人は笑いながら、幅の狭い石畳の上を人をかき分けるようにして進んだ。
「ねぇマーくん、遥ちゃんは?今日一緒に来るかと思ってたのに」
雅樹には7つ下の妹がいる。
歳が離れているので、雅樹はなにかとその妹のことを気にかける。
彼だけでなく、夏海も信太郎も自分の妹のように遥のことがかわいくて仕方ない。
やっと言葉が出始めたばかりの幼い遥を、奪い合うように3人で抱っこしたものだ。
「遥さ、あいつ同じクラスの男子と祭りに行くって…」
「出た!池田くん!…だったっけ?そいつ。で、ふたりきりかよ」
「やるぅ、遥ちゃん」
夏海もからかうようにうちわを大げさに振った。


