ハルアトスの姫君―君の始まり―

「…っ…!」


涙がゆっくりと頬を流れていくのを感じていた。
それでもシャリアスから目を逸らそうとも、そして涙を拭おうとも思わなかった。


「お前を殺す…権利などいらない!」


声が広間に反響する。
その響きが完全に収まったところでシャリアスが口を開いた。


「…何故、あなたが泣くのです?」


そんなことは、自分が一番自分に問いたい。
何故こんな場面で泣く?
今、もう一度力を集め、その全てを放出すれば終わらせることができるのに。


なぁ、シュリ。永きを生きた魔女よ。
終わらせると決めたその意志は、たった一度名前を呼ばれたくらいで動揺するほどに脆弱なものなのか?
―――そう、自分に問い返す。


答えは応。それほどまでに脆弱だったのだ。
現に今こうして揺らぎに揺らぎ、泣いている。


愚かだと分かっている。愚かだとお前も思っているんだろう、シャリアス?


「どうして…殺さない…?」


そんなの、答えはたった一つだ。





「でき…ない…っ…。」





一度、瞬きをした。
その瞬間、両目の涙が限界だとでも言うように地面に落ちた。