ハルアトスの姫君―君の始まり―

「これ以上失って怖いものなど何もあるまい、キース・シャンドルド。
お前はこの世で一番、ルナを大切に想っているのだろう?」

「…そうですね。」


ここは少し嘘だ。
確かにルナを忘れたことなど一度だってない。
だけど…


今、ルナが一番大切かと言われればそうではない。
今、大切なのは…


「ルナよりも大切な人間が他にいるのか、キース?」

「いいえ。」


完全に嘘だ。
ルナより大事かどうかは分からない。
でも、大切ではないとは言い切れない。
大切ではないなんて、言いたくない。
守れるならば守りたいと。


―――想うことさえ、許されないとしても。


それでも守りたい笑顔がある。
笑ってほしい、君には。


できれば本来の姿に戻って、今を生きてほしい。


救われたのは命だけではなかったから。


「では、ルナに会うためならば何でもできるな?」

「何でも、とは?」

「失われた時間を取り戻すために、我が手を取れ、キース。」


―――催眠だ。
足元が覚束ない。
ゆっくりと伸びていく手はもはや自分の脳の命令など少しも聞いてはいない。


俺の手らしき手が、ジョアンナの手を取った。