はぐれ雲。

「この新明くんと、中学の部活も一緒だったのよね?あんた、この子と仲良かったでしょ。
近所の奥さんが、あんたと新明くんがよく一緒にいるとこを見たって、いちいち報告してくれたのよ。お宅の博子ちゃんに、変な虫がついてるんじゃないのって」

「変な虫…」

博子はまた微かに笑った。

「そんなことないですよって、小学校の時から知ってるから大丈夫ですって何度も言ったのよ、お母さん。じゃあ、いつの間にか、お父さんの耳にも入ってて。お父さんが心配そうに、大丈夫なのか、そいつ、って」

幸恵は博子によく似た笑顔を見せ、しみじみ言った。

「本当に剣道の強い子だったわよね。お父さんが急に亡くなって、お母さんの実家に帰ったって聞いたけど、今頃どうしてるのかしらね。剣道できるから、警察官になってたりして。達也さんと同い年くらいだから、どっかで顔を合わせてるかもしれないわねぇ」

何も知らずにそう言う母を見て、博子はうつむいた。

その亮二のことで今、達也を苦しめているだなんて言えるはずもない。

今回、彼女は実家に帰ってきた理由をまだ両親に話してなかった。

結婚して初めてのことだったので、両親もとまどった様子だった。

「博子」

幸恵がそっと博子の手に自分の手を重ねた。

母を見ると優しく微笑んでいる。

「達也さんを信じてあげなきゃ」

「え?」

「うまくいってないんでしょ?」

「……」

博子は再びうつむく。

「お母さんもね、お父さんとよく喧嘩したわよ。それでこそ、何回も離婚したいって思ったわ。
だけど、やっと今になって、あぁ、お父さんと結婚してよかった、って。でもね、そう思うまでの道のりの長いことったら」

幸恵は娘の様子をうかがった。

ただただ、何かに悩んで苦しんでいるように見える。


「…赤ちゃんがだめだったことを、まだ引きずってるの?」

「ううん、そういうわけじゃ…」

「そのことで、達也さんを責めたりしてない?」

博子は母の目を見ると、幸恵は何もかも悟ったように何度も頷いた。

「ねぇ、博子。今からお母さんの話を最後まで聞いてちょうだい。いいわね?」

博子の赤く潤んだ瞳が、母をじっと見つめる。