ショコラ~恋なんてあり得ない~


あたしは腕を組んで親父を見下ろす。


「ちょっと、父さん」

「何だよ」

「ケーキ足りないわ。プロ根性どこ行ったの?」

「五品でも回せないことないだろう。欠品にしておけばいい」

「どの口がそう言うこと言うの? あたしに軽蔑させるつもり?」


親父が顔を上げ、ようやくあたしと目を合わせる。

あら、なんかちょっと充血してる。
嫌だわ、泣いてたの?


「……分かった。作る」

「ハイ、お願いします」


立ち上がって冷蔵庫をあさりだす親父に、思わず低姿勢。

気まずいからそのまま逃げようとしたあたしに、親父の気弱な声が追っかけてくる。


「詩子」

「はい?」

「お前はどこにも行くなよ?」

「……どこってどこに?」

「何でもない」


話が掴めない。何なのよ。

でも次の瞬間、親父がいつものような手さばきで卵を割り始めたから、余計なことを言うのはやめた。

職人気質の人だもん。
ケーキに没頭してれば、きっと元気になるはずだ。