先ほどの幼児にきりちゃん先生と呼ばれた桐谷輝明は、「あ」の口を開けたままの顔になっているなるみに気がついて、頭をかきながら謝罪する。
「大きな声で怒鳴ってすみません。
おはずかしいんですが、子どもの前でよく先輩から注意されることが多いんで、こんなふうにバカにされることも多くって。
やっぱり女性の先輩から比べると男は気が利かないですからねぇ。あははは」
「でも、あの子・・・きよしくんですか。
先生といるのがとっても楽しそうじゃないですか。
自分だけお迎えが来ないなんて、さびしいでしょうに。」
「きよしのお母さんはちょっと特例なんですよ。
園長の姪だそうなんですけど、金持ちの愛人で不動産会社のお偉いさんとして働いていてね、帰宅時間はかなり遅いんです。
それでも、きよしは以前は夜間の無認可保育園に預けられっぱなしで寝る時には母親がいない生活をしてたんで、今の方がうれしいとかでね。」
「きよしくんのお父さんってそのお金持ちなんですか?」
「それはちょっと僕は詳しいことを知らないんで。」
「そうですか・・・きよしくんも、きよしくんのお母さんも苦労してるんですね。」
「おぁ!ごめんね。
せっかく保育に興味持ってもらったのに、こみいった話をしてしまって。
とにかく、大人の事情はいろいろあるかもしれないけどさ、子どもたちには罪はないし、いっしょに元気いっぱい遊べば、自分も楽しくなれることは間違いないから。
あ、きよしの母さん来たみたいだから、僕も片付けしないと。
また時間のあるときにでも見学に来て。
園長先生に紹介してあげるよ。
きっとどういう勉強したらいいか役にたつと思うしね。
じゃ、気をつけてね。」
「はい。ありがとうございました!」
なるみは足はとても疲れているのに、心は軽くなった。
上機嫌で寮の部屋へもどると、真樹が部屋の真ん中から玄関のなるみの方を睨みつけている・・・。
「きゃっ!ど、どうしたんですか?」
「それは僕のセリフだと思うんだけどな。
こんな遅くまで誰にも連絡も入れずにどこへいってたんだ?」

