「ラファエル様…?」


魔剣を胸に抱えたまま俯くラファエルに震える声で呼びかける。

心のどこかでラファエルはイヴのもとへと行きたがっているのではないかと思っていた。

「生きて」という言葉はイヴを愛するラファエルには辛すぎる言葉で、記憶を保ったままでは尚更の事だろう。



ラファエルもイヴを追って消滅する、そう思われたが…

深々と突き刺さった魔剣を抱えたまま動かないラファエル。

その表情は歪められているが痛みのそれとは違う。

ラファエルはゆっくりと魔剣を胸から引き抜いた。

すると傷口は一瞬にして塞がり、その胸にはイヴから負ったもの以外の傷跡は見受けられなかった。





『追わせてもくれないか…』


まるでそれと分かっていたように自嘲気味に笑ったラファエル。

魔剣はラファエルを滅しなかった。

それが何を指しているのかは明確だった。





ラファエルは堕天したのだ―――

負の感情をコントロールできず心に抱えた闇を増幅させ四人の天使をその闇を以て滅した。

それほどにラファエルの抱えた闇は大きすぎたのだ。

天使であった頃の聖力が大きかったが、悪魔となった今は比にならないほど膨大な魔力を感じる。

漆黒の六枚羽と艶やかな黒髪は魔王にこそ相応しいと言わしめんかの様だ。

ラファエルも自身に起こっている変化に気付いていた。



『これは俺に科された罪だ。死ぬまで君を失った絶望を背負って生きなければならない』


闇を纏うラファエルは分身の様なそれを身の内に収めた。



『けれどイヴ…俺は死んでも君と同じ場所には行けないかもしれないな』


堕天した今、大きな罪を背負ったラファエルは純粋なまま死んだイヴとは同じ場所には行けない。

冥界でも共にあることを許されないと悟ったラファエルの運命はどこまでも“孤独”。

降りしきる黒い雨の中、天を仰いだラファエルの声が虚しく響くのを耳で聞きながら、記憶の中の光景はそこで終わった。