「別れよう、か。」


突然、まるで何でもないことのようにそう言い放った彼。

余りにも自然に放たれた言葉からは、全く彼の意図が掴めず、私は小さく首を傾げた。


「……どうしたの、いきなり。」

「いや、さ。何かもう、そろそろ潮時かな、って。」

「…っ、そんなこと、」


そう、決してそんなことはなかったはず。
それとも、私自身が鈍かっただけ?

まさか彼に、私達の関係の終わりを告げさせるなんて。


「私には、わからない。」

「そっか。」


決して許されない恋だと、決して叶うことはないと、それは重々理解していた。

彼には将来を誓った女性がいるし、私だって来月に、彼ではない他の男性との式を控えているのだ。

例えそれが、私達にとって望まぬものであったとしても、現実は変わらず、刻一刻と残酷に突き付けられる。


「……でもきっともう、これ以上は無理だ。」

「何で?」

「いつまでも俺達が、お互いの過去に囚われていたらいけないだろ。」

「……何よ、今さら。」


本当に、今さらじゃない。
隠れるように、長々とこんな関係を続けて来たくせに、どうして。

私はもう、あなたがいない世界に生きていたくなんてないのに。

視線をそらした私を見て、彼は全てを見透かしたように、小さく苦笑を零した。


「……大丈夫、だよ。」

「え?」

「大丈夫。お前はもう、俺が居なくても生きていける。俺とじゃない方が、幸せになれる。」

「何を、」


何を、言っているんだろう彼は。

望まない結婚で、私が幸せになれるはずが無いのに。
あなたが居ない世界で、幸せになる資格だって無いのに。

けれど反論の言葉は、優しく重ねられた唇に遮られた。まるで別れを告げるようなその口づけに、言葉になるはずだった言葉は、そのまま吐息とともに吐き出した。





  さよならのキス


  ( 唇が離れたらもう、 )
  ( あなたは私の隣に居ないのね )