那智は嫌な顔一つせず、片付けていた服を壁に寄せると母親のもとへ。
新しい煙草に火を点ける母親は、それを吸いもせず、那智にシャツを捲くるよう命令。
従う那智に、そのまま赤い火種を腹部に押し付けた。
「ツッ…」顔を顰める那智だけど、声を必死に押し殺す。
そして終わると俺同様、「申し訳ございませんでした」頭を下げて謝罪。
すっかりイジメを堪能した母親は、「今度から気を付けろよ」けろっと嘯いた後、さっさとバッグを掴んで片付けておくよう命令。
「絨毯に染みがねぇようにしとけよ」
あったら明日の飯は全部抜きだ。
大変アリガタ迷惑な事を言い、ふわっと手入れされた髪を靡かせて母親はリビングを出て行く。
「兄さま。おれが片付けておきますから」
那智は痛む腹部を庇いながら、ティッシュ箱を片手に絨毯で膝を折り、俺には母親の見送りをするよう告げてくる。
「ごめん」那智に謝罪し、急いで俺は玄関へ。
「いってらっしゃい、母さん」
柔和な笑みで母親に挨拶。
一瞥もせず、母親は「午前様になる」とだけ残して家を出て行った。
完全に気配が消えたことを確認。
母親がもう家から距離を置いただろと判断した後、俺は急いでリビングに戻って片付けている那智に駆け寄った。
「那智、大丈夫か? 悪い、俺が失態を」
「いいえ、お母さんがわざとしたのは見え見えでしたから。ヘーキですよ、おれ。いつものことですし」
ちょっとチクリと痛むだけ。
そう言う那智は、俺の左の手を取って「兄さまは大丈夫?」真新しい根性焼きに視線を落とす。
頷く俺は身を屈ませて、那智のシャツを捲し上げると患部を一舐め。
「舐めたら治りが早いって言うしな」
「うっ」痛みに顔を歪ませる那智だけど、真似して向こうも俺の患部を一舐め。
早く治りますように、そのまじないを籠めて微笑んでくる。
愛おしかった。
那智がただただ愛おしかった。



