いけ好かないと奥歯を噛み締め治樹に睨んでいると、「ダメダメ」鳥井(あだ名は烏)と呼ばれた男が美咲を宥めに掛かる。
 
「若旦那は他人に対していっつもこうなんだよ。挨拶しても無駄むだ。でも腕は確かだから」

「それにしたって…、ていうか他人に対してって?」


「ああ、美咲ちんは入ったばっかりだし知らないと思うけど若旦那には兄弟がいるんだ。

弟なんだけど、坊ちゃんには挨拶してないっしょ?
坊ちゃんにだけ気を許す奴だから、あいつ」


なるほど、ブラコンってわけか。
 
美咲の納得に、「それより酷い」鳥井は苦笑を漏らす。

どういうことだと問い掛けた矢先のこと、「にーさま」ひょっこりと事務所に少年が入って来た。

パーカーを来た少年は首に首輪のような、ごつごつとしている不恰好なチョーカーをしている。

しかしよく見るとそれは治樹と同じチョーカーだ。


まさか彼が…坊ちゃん?


予想している美咲の余所で、少年は脇目も振らず猪突猛進で治樹のもとへ。
能面を被っていた治樹だが、少年の存在に気付き、柔和に綻ぶ。


「お帰り、那智。
ったく、五分も兄さまの傍から離れやがって。三分って約束だろ?」


「だって兄さま、どー頑張っても自販機まで五分掛かりますよ?」



ぶうっと脹れる少年の名は那智。

どうやらジュースを買いに行っていたらしく、手には缶ジュースらしきものが収まっている。

てか…、五分も離れたって、たかだか五分だろうに。

顔を引き攣らせている美咲の肩に手を置き、鳥井は軽く首を横に振った。


「あれが弟の那智。16だから非正社員な。
んでも、18になったら正式に入社してくるだろうよ。既に兄貴の手伝いしてるしな」

「まだ16なの? あの子」


「ま、事情により此処に身を置いてるわけだ。
あいつもやり手だぞ。殺人に微塵の迷いも見せない。もうあだ名が付いてる。狂犬ってな。

つまり狂犬兄弟ってわけさ、あいつ等は」