「あ、そろそろ学校に行かないと。兄さま、おれ、先に出ますね」



トーストを頬張っていた那智は、テレビに表記されている時計に慌てた様子で咀嚼、嚥下。
朝食を掻き込んで、バタバタと用意を始める。

時間にゆとりのある俺は珈琲を啜り、「忘れ物すんなよ」失笑を零して慌てる那智に声を掛ける。

「兄さま、今日はバイトですか?」

「ああ。八時には帰ってくるから」


「分かりました。じゃあ、夕飯の仕度して待ってますね!」


笑顔を向ける那智は、学校指定のシューズを履くと元気よく「いってきます!」

「いってらっしゃい」

俺は那智に笑みを返したものの、いなくなるや否や盛大な溜息をつく羽目になった。
今日も学校…、行っちまったか。


「はぁーあ…、普通の生活が送れるようになったっつーのに」


余裕ができたらこれだ。
毎日が不安で仕方が無いとか、別にあの頃に戻りたいわけじゃねえけど。


「まっさか…、不安に襲われる日々が来るなんて想定外だぜ。想像もしなかったな」


ごちては溜息。
何でこんなに不安になるんだろ、普通の生活を送れるようになったのにさ。

那智が俺を裏切らないってことも知ってるのに。



「だけどあいつも思春期を迎えたしな」



思春期は感情に左右されやすい時期。
虐待真っ盛りだった俺は青春なんざカラカラに枯れちまっていて、何も思うことは無かったけど。

自由を得た今、那智は色んな世界に目を向けることが出来る。
だからこそ恐いんだ。

那智が俺以外の世界に興味が出てくるんじゃないかって。