「一つ聞いてもいいですか?」
「何だ。」
「どうして俺なんですか?」
「お前、田代の事を気にしてるのか?図星みたいだな。その事は気にすんな。物事、適材適所てものがある。そこんとこを見誤ると金儲けなんて出来ねえんだ。お前もいずれ仕事の方で下の者を使うようになると思うが、そこんとこをきちんと考えねえと、自分が伸びねえぜ。」
「適材適所…ですか…」
まだ実感の湧かない竜治の表情を見て、澤村は心無しか苛立った声を出した。
「俺がお前に任せると言ったんだ。四の五のぬかすんじゃねえよ。」
「すいません。不満とかじゃないんです。いきなり大きな仕事を任された気がして……」
「この位の事を大きいなんて思ってるようじゃ、俺達の世界じゃ伸びねえぞ。」

俺達の世界……
やくざ……
別にやくざで喰うつもりは無い。
たまたま今は世話になってるが……

そんな事を思いながら、澤村の話しを聞いていた。
「久美子、金、持って来てくれ。」
キッチンの方に居た女が、分厚くなった銀行の封筒を澤村に差し出した。
「これは、当座の運転資金だ。上手に使えよ。言っとくが、これはくれるんじゃねえからな。貸しだ。頑張らねえと、利息も返せねえぞ。それと、田代の仕事はもうやらなくていいからな。ケチな小売屋なんざ、あいつ一人がお似合いなんだよ。」
そう言って微笑んだ澤村に、竜治はどう言葉を返していいのか判らなかった。
テーブルの上に置かれた分厚い封筒に手を延ばし、それを胸ポケットに納めた。
「神崎、まだふに落ちねえ顔してるみたいだから、言っといてやる。お前、今迄シャブ目の前にして一度も手を出した事ねえだろう…」
「はい……」
「それが一番の理由だ。シャブ喰う奴は、金にも時間にもルーズになる。田代とお前の違いはそこだ。ま、他にも理由はあるが、それはまた今度にでも話してやるよ。それより、せっかく久美子がいれてくれた珈琲が冷めちまう。遠慮しねえで飲め。」
言われるままに珈琲を口にする。
旨いのか不味いのか、竜治には判らなかった。
しかし、口の中に広がる苦味は悪くないと思った。
「店が始まったら、売上は毎日ここに持って来てくれ。俺が居なくても、こいつに預けてくれればいい。それと…」
と言って、澤村はカルティエの札入れを竜治に差し出した。
「就職祝いだ。スーツでも買え。」