二人でその店を出た時には、時計の針が十二時近くを指していた。

久美子が大きく息を吐き出し、

「ねえ、お参りしない?」

と言って、店の丁度目の前にあった、小さな神社を指差し、竜治の手を引っ張った。

柔らかな感触が何とも言えず、心地良く右手に残った。

こじんまりとした鳥居を潜り、物置小屋程度の大きさの祠の前に立ち、久美子は小銭を投げ入れた。
竜治も同じようにし、柏手を打って目をつぶった。

特に願い事など思い浮かばなかったが、久美子に促される迄、そうしていた。

久美子と別れた後、カジノの新店に電話を入れ、そのまま自宅に戻ると伝えた。

久美子から言われたからという訳では無いが、ジュリの事が気になったのである。

このところ、余り一緒に居てやる時間が無く、竜治から見ても、ジュリがその事で寂しがっているのが感じられたのである。

澤村の口利きで新しく住む事になったマンションは、富ヶ谷の高級住宅街のど真ん中にあった。

竜治がマンションに戻ると、

「今日も遅くなるかと思ってたから、まだ御飯の支度が出来てないよ。電話してくれればいいのに。」

と、拗ねた物の言い方をしたが、言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべていた。

何も用意してないと言いながらも、ダイニングテーブルの上には、既に何品かの料理が出ていた。

「お前、結構料理とか作れるんだな…」

「本買っちゃったから…」

と言って、ジュリはクッキングブックを見せた。

ジュリの左手の薬指に絆創膏が巻かれていた。

慣れない手つきで包丁を使ったのだろう。

余り食欲は無かったが、竜治は

「すげぇ、腹減って来た。」

と言った。

食事を済まし、リビングで一服し始めた途端、一気に疲れが出たのか、いつの間にかソファで寝ていた。

考えてみれば、ここ数カ月というもの、まともに睡眠を取っていなかった。

泥のように眠っていた竜治をジュリが起こしたのは、昼近くなってからだった。

電話、と言ってケータイを渡された。

ぼんやりとした意識のままでケータイを受け取ると、相手は河田からだった。

夕方5時迄に、宮下公園の前にあるルノワールに来いとだけ言って、電話は切れた。