「久美子さんを御馳走出来るだけの店、俺、知らないんですよ。その辺の居酒屋じゃあ…ちょっと、ですもんね……」

「あら、私をエスコートしてくれるつもりなら、そうね…私の知ってる店でも構わない?」

「ええ、俺は構わないですが…」

「今夜の主役を独り占めにしちゃうんだから、私って悪い女かな?」

悪戯っ子のように笑う久美子を見て、この人にこんな一面があるのかと、竜治は意外な気持ちを抱いた。

だが、悪い印象ではない。

久美子が案内した店は、百軒店の中に在った。

場所は、百軒店の入口から真っ直ぐ坂を入った奥の所で、千代田稲荷という小さな神社のはす向かいにその店が在った。

カジノ・ロワイヤルの丁度真裏になる。

店の扉を開けると、四十歳位のママと、若い女の子が二人を出迎えた。

カウンターの中に居たママが、

「あら、久し振りね。」

と言って、久美子に微笑んだ。

「ママ、ご無沙汰してます。」

「本当よ、毎日とは言わないから、たまには顔を出しなさい。」

久美子が竜治をママに紹介した。

「竜治さん、こちらがママの、チャコママ。私が小さい頃からよく面倒を見て貰ってたの。」

竜治が名乗ると、

「貴方の名前を知らない人間は、今、この街にはいないわよ。」

と言った。

「想像してたより若い方なのね。久美ちゃんの新しい彼氏?」

「やだ、ママ、竜治さんが私みたいなおばさんを相手にするわけがないじゃない。」

チャコママの冷やかしに照れる久美子を見て、竜治の心の内は意味も無く華やいだ。

久美子がワインを注文した。

聞いた事が無い名前のワインだ。

というより、ワインそのものを飲んだ事が無かった。

久美子が美味しいわ、と言ったが、竜治には、その赤い液体が旨いのか不味いのか判らなかった。

暫くすると、チャコママは気を使ったのか、カウンターの奥のキッチンに入り、竜治と久美子だけにした。

店内には、他に二人連れの男性客しかいない。

肩と肩が触れ合う距離に久美子が居る。

間接照明に映し出された久美子の横顔が、うっすらと赤みを帯びていた。

ワインの程良い酔いが、久美子の美しさをより引き出していた。