エニグマでは、竜治の姿を見れば、黒服が決まった席に案内する。
下っ端のボーイから、店長迄、皆心得ている。
一般客とは絶対一緒にしない。
店の二階にあるVIP席の、更に一番奥が指定席だ。
大概の客は、そこにボックス席がある事すら知らないだろう。

「もうすぐ、お見えになります。」
何時も、同じ台詞を言われる。
最高級の本皮使用のソファに身体を沈め、相手が来る迄の間、する事無しに煙草を吸う。
しばらくすると、客がやって来る。
落ち着かない表情をしている。
どの客もそうだ。
金を払って品物を受け取ったら、そそくさと席を立つ。

エニグマの入口で少女を拾ったその日も、同じように時間が流れた。
金とブツの交換…
ただそれだけ…
さすがにその場には少女を同席させられなかったが、少女はフロアで踊る事に夢中になっていたので、特に気にする事も無かった。
あらかた商売が済んだ後になってから、少女は竜治の隣にやって来た。
客の誰かにでも貰ったのか、安っぽい葉っぱの臭いが微かにした。
やたらと喋る少女だった。
「アタシ、ジュリ。樹木の樹に里と書くの。」
そうだ、思い出した。
この女の名前はジュリというんだ。
表に出、センター街をぶらぶらしながら、昨夜の事を思い出していた。
斜め後ろから付いて来るジュリの足音がよたよたと不規則だ。
振り返ると、太陽に晒されたあどけない素顔があった。
「お前、そんな化粧しなくても可愛いのに…」
禿げかけた厚化粧の事を言ったつもりが、ジュリには別の事として受け取られた。
「ホント?ねえ、ホントにアタシ可愛い?」
いきなり、腕を絡ませて来た。
胸が竜治の右肘に当たる。
ローライズのショートパンツから、すらりと延びた足。
少女から大人へ変わる直前のなまめかしさを漂わせる胸から腰のライン。
ホルターネックの谷間は、彼女のバストをこれでもかとアピールしている。
こんな女に腕を組まれ、胸を押し付けられて欲情しない奴は、ホモかインポだ。
「お前、家とか帰らなくていいのか?」
「いいの、いいの。」
「クラブで男を引っ掛けて、そいつの家を泊まり歩いてるってわけか…」
「……。」
「泊まり賃は自分の身体か?」
「……。」
ジュリは不機嫌そうに黙った。