凶漢−デスペラード

「神崎よ…そりゃ持って生まれた星ってもんだ。お前さんの持っている運てえのは、目の前で機関銃ぶっ放されても弾丸が避けてく運で、俺のは道端の石に蹴つまずいただけではいサヨナラてえやつなんだ。俺は石に蹴つまずいてしまったのさ。」

久美子が両手で顔を覆い声を押し殺して泣いている。

竜治は言葉が見つからなかった。

「高校ん時の後輩が日赤で医者やってて、そこに定期的に通ってんだ。無理言って、どっちみち長くねえなら好きにさせてくれって言ったら、お前と同じ事を言われたよ。けどな、俺も親栄会じゃ少しは名前が知れた男だ。最後の最後迄、親栄会の澤村としてカッコつけていたいんだ……」

何時しか、澤村の頬にも、幾筋かの涙が流れていた。

「悪いなぁ…こんな話しする筈じゃなかったんだが…お前達がいけねえんだぜ。いい加減煮え切んねえから…手間かけさせやがる…今日は、お前らが一緒になるってえ話しで、はいっお開き、でチャンチャンの予定だったんだぜ。」

澤村のおどけた物言いが、かえって虚しさを募らせた。

「いいか、この話しは、金輪際忘れてくれ。神崎…約束してくれ、のし上がれ…けどな、ヤクザにはなるな。久美子が泣くからな…久美子…神崎は、これからもいろんなもんを背負う事になる。一緒に背負えるよう強くなれ。お前自身が背負われるな…という事で、さあこれでお涙頂戴はお終い!俺はこれから綺麗なお姉ちゃんを口説きに行くから、お前らはここで宜しくいちゃついててくれ。あっ、久美子、今夜は門限無しだ。ははは…ジョーク、ジョーク。」

引き戸一枚隔てた向こう側から、酔客達の笑い声が聞こえて来る。

ほんの僅かばかりの隔たりなのに、この場所にある悲しみとは無縁な陽気さを久美子は恨めしく思った。

竜治の心は乱れていた。

「デスペラード……」

「えっ?」

「別れた彼氏が好きだったって言った曲…」

「……。」

「彼氏じゃなく、義兄なの…義兄がよく聴いていたから…私も一緒に聴いていて、それで……大好きだった…」

竜治がそっと手を差し出すと、久美子の手が遠慮がちにそれを柔らかく包んだ。

「義兄が初恋だったのよ…」

無理に笑おうとする久美子の表情は、今にも歪んでしまいそうだった。