背後から怒号が聞こえた。

後ろをチラ見すると根性で追って来る不良二人が。


俺のチャリのスピードについて来ようとするなんていい度胸だよ。見てろ。


ハンドルを右に切り、マンションと一軒家の間にできている細い道に飛び込む。


狭い通路を難なく過ぎり、屋外にある駐車場を斜めに横切って不良達の追って来れないであろう場所までチャリを飛ばした。


「キャッ」


揺れに揺れるチャリに悲鳴をココロが肩にしがみ付いてくる。

その手はとても強く、華奢な体からは想像もつかない力だ。


それだけ恐怖しているのだろう。

早くこの状況を打破したい一心で、ただひたすらにチャリを漕ぐ。


微熱帯びている体が徐々に悲鳴を上げ、呼吸が忙しくなってきたけれど、構っていられない。


不良に捕まらないことだけを念頭に俺は人目のつきやすい大通りを目指した。


疎らだった人が次第次第に多く目に付き、少しずつチャリの速度を落としていく。


駅前広場まで来ればもう大丈夫だろう。

模様となっている舗道の敷石の上を通り、俺は広場でようやくチャリを止めた。


念のために不良達が追って来ていないかどうか確認……うん、大丈夫そうだな。もう安心だろう。

死にそうになっている体を叱咤し、俺は振り返ってもう大丈夫だと綻ぶ。


「大丈夫だったか。ここ……」


言葉は続かなかった。

大きな目を潤ませている彼女は泣きそう。いや、半泣き。いえいえ、泣く五秒前。


ま、待てココロ!

此処で泣かれるのはとても困るっ、俺が困る! 怖かったのは分かるのだけれど、でも泣かれてしまったら俺はどうしたらいいやら……お願い、涙腺の蛇口を閉めて下さいな!

アタフタと焦る情けない男を余所に、


「ケイさんっ」


嗚咽交じりの声を漏らしてココロが肩にしがみ付いてくる。 



おおおおおど、ど、どーしよう!

女の子が泣いているんだけど泣いちゃっているんだけど?!


寧ろ俺が泣きたいぃい!

俺は女の子にどう接すればいいんだぁああ!


経験の無い出来事に俺は困り果てた。

取り敢えず、気を落ち着かせるためにココロをチャリからおろして、


「もう大丈夫だよ」


優しく声を掛ける。

うんうんと頷いてはくれるけど、泣き止む気配ナッシング。


本当に恐かったんだな……だよな。


俺だって不良は恐い。女の子のココロなら尚更だ。

しかも相手は二人掛かりで野郎だ。恐くない筈無いんだ。

それにココロ、小中学校はいじめられていたと言っていた。

ゆえに複数で迫られる恐怖は計り知れなかったに違いない。


だから何度も言ってやる。


「大丈夫、もう大丈夫だよ」と。


恐怖に震えて腕を掴んでくるココロを見下ろし、その手に手を重ねて俺は何度も繰り返す。大丈夫だよ。と。


俺に出来ることと言ったら、それくらいだ。

ココロの泣いている姿が、何だか悲しい。

ココロは泣いている顔より、笑っている顔の方が似合う、似合うよ。


ヨウがこういう時、いてくれたら良かったな。

ヨウだったらきっと、ココロを笑顔にできるのにな……ごめんな、ココロ。助けたのが俺で。ほんとごめん。


でも無事で良かったよ。君が無事で本当に良かった。それは嘘偽りない俺の本音。