土曜日、午後10時半。 


俺は気だるい体に鞭を打ってチャリを漕いでいた。


向かう先は係りつけの病院。

母さんに口喧しく病院に行くように言われたんだ。


熱で倒れるなんてよっぽどのことだから、もう一回体を診てもらうよう口酸っぱく言われ、渋々とチャリを漕いでいる。


圭太が熱で倒れるなんて嵐でもきそうじゃない、なんて失礼な事も言われた。ひでぇよな!


ただ本当に心配してくれていたらしく、仕事があるのにも関わらず、母さんは「車で送るわよ?」と申し出てくれた。


けれど母さんのパート出勤時間も押していたし、病院は近くだ。

チャリが漕げる程度に回復はしていたから、俺は遠慮して自力で病院に行く選択を取った。



とはいえ、やっぱり病院に行くのはだるい。

ペダルが妙に重く感じる。なにより道のりが遠い。


今日は一日中、ゲームをしたり、漫画を読んだり、気持ちに整理付けたり……まったりした時間を過ごすつもりだったのに。


病院なんてかったるいよな。


はぁーあ、こういう時、彼女とかいたらお見舞いとか来てくれるんだろうな……フッ、切ないぜ。

一度でいいから、彼女とやらに見舞いに来てもらいたいもんだよ。どーせ俺は彼女いない歴16年、凡人男子だよ。


軽く息をあげながら、住宅街を突き進んでいく。


土曜の午前はとても静かだ。

学校が休みであろう小中学生は都会に遊びに行っているのか、はたまた昼過ぎから遊びに行くのか、姿が見受けられない。


時折スーツを纏った若い青年を見かける。


就活生かな?

大変だな、今の世の中は不況一色だから。


俺が就職する時には景気が回復しているといいな……その前に進学できるかどうかの問題があるけど。



「あ、あの……退いて……下さい」



反射的にブレーキをかける。

聞き覚えのある声音が鼓膜を打ったんだ。俺の勘違いでなければ、今の声は。


ぐるっと周囲を見渡す。

新築の一軒家が多い住宅街の中に見つける、緩やかな坂道の道端で身を小さくしている彼女を。

山吹色のニットにブラウスを着ている私服姿の彼女を。


ぎゅっと服の端を掴んでいる彼女は不良に絡まれていた。

似合いもしない赤髪を揃えた二人組が執拗に彼女に言い寄っている。


ナンパではなく、「荒川とつるんでいるだろう」凄んでいるところからして、ヨウになんらかの私怨を抱いている輩と見た。



一光景に目の前が赤く染まる。

いても立ってもいられない衝動に駆られたのは、どうしてなのか。 


「よいしょっと」


俺はチャリを方向転換させると、気だるい体に鞭打ってチャリを全速力で漕ぐ。


背後から相手を轢いたのはそれから間もなくである。

間の抜けた奇声をあげて一人が倒れた。


すかさず、隣にいた相手の腹部に蹴りをお見舞いした。


勢いに任せて蹴ったのだから、それはそれは効いた筈だ。

片膝を折る不良に目もくれず、「ココロ!」立ちすくんでいる彼女に手を差し伸べた。



「乗れ! 早く!」



弾かれたように彼女が駆けて来る。

チャリの後ろに乗ったことを確認するとペダルを目一杯踏んでチャリを飛ばした。



その際、しっかり掴まっておくよう注意事情を述べておく。



今回は最初から荒運転も荒運転でいくつもりだ。前のように優しく運転する余裕は持てない。