「……でも、複雑」

「何が?」

「先生がピアニストになった時のことを考えると、複雑」


あたしの言葉の意味が分からないのか、先生は首を傾げる。


……先生が夢を追ってくれるのは本当に嬉しいし、応援だってするけど。


「演奏してる時の先生、凄くカッコ良かったから。今までよりライバル増えそう」

「ぶは!」

「笑いごとじゃない!」

「いやだって、何事かと思えば、そんなこと……っ!」


先生は体中を震わせて、あたしはムスッと眉を寄せた。


ひとしきり笑った先生は「大丈夫だよ」と全く安心出来ない台詞を言う。


「教師でもピアニストでもモテるよ、俺は」

「……」

「ははっ! 今イラッとしたでしょ」

「するって分かってるならわざと言わないでよ」

「でも美月しか見えてないよ?」

「あたしもって言ってほしいんでしょ?」


負けじと言い返しただけなのに、先生は珍しく表情が固まって、そっぽを向いた。


「……先生、当たりでしょ」

「当たってません」

「本当だ」

「嘘です! ……あれ?」


あたしが嘘だと言うと思ったのか、先生は早とちりして自分で嘘だと言ってしまう。


「あははっ! やっぱ言ってほしいんだっ」


声を出して笑うあたしに、先生は悔しそうな顔をしたけどすぐに笑い返してくれた。


胸の奥が温かくなって、ギュッと胸が締め付けられる。



……先生、おかえり。

って言ったら変かな?


そしたら別の言葉を考えるけど、今はそれでいいか。また改めて、先生に伝えよう。


始まりの、あの気持ちを。