さよなら異邦人

「俺がそういう所へ行っていない事は、お前がよく判っているじゃないか」


「じゃあ、行く時になったら、私を連れて行ってくれる?」


「いい歳をして……」


「一度も行った事、なかったわよね。けれど、あなたには、そういう想い出がある……」


「あくまでも小説の話だろうが」


「でも、あなたの体験の一部でしょ?」


「そりゃあ少しはあるが、ほんのちょっとだけだ」


「ふふふ、そんなにムキにならなくたっていいわよ。ちょっとからかってみたくなっただけ」


 そう言い残した妻は、溜まった洗濯物をする為に私の傍から離れた。


 確かに、たかがラブホテルへ行ったか行かなかったでうろたえる私もどうかしているが、現実に私はああいった所へは、一度しか行った事がなかった。


 その一度。


 私は坂巻千鶴子との想い出を物語にしようとしていた。


 あの夏、私と彼女は鎌倉街道沿いのモーテルに入った。


 小説の中での出来事は、そのまんま、私の想い出であった。


 寸分違わず……。


 一つだけ脚色をした部分があるとするのなら、キスも出来なかったし、身体を抱き合うという事もなかった。


 ただ、時間だけをそこで過ごしただけ。


 だが、互いの心の動きはあのままの二人であった。