ラブホを出たのはそれから二時間後だった。

部屋にあったドライヤーでお互いの服を乾かし、何とか着れるようになったので、里佳子がフロントに電話をしてタクシーを呼んで貰った。

「ごめんな」

「何が?」

「酔っ払ってしまって……」

「別にいいよ。これもひと夏の想い出だと思えばさ」

「せっかくの初デートだったのにな」

「まあ、加瀬とだから、こうなるのもありじゃん。アタシ的には楽しかったよ」

「また、二人で来れるかな……」

「……」

何故か里佳子は、その事に答えなかった。

「ほんの一瞬の出来事の方が、ずっとこの先も想い出に残る……」

そういう意味深な言葉を言って、彼女は黙り込んでしまった。

一番近くの駅でタクシーを降り、電車に乗ってからも、終始里佳子は無言で、紫色に染まった宵闇の海ばかりを見つめていた。

渋谷に着いて改札で別れる時に、漸く彼女は口を開いた。

「今日はありがと。アタシ、終業式まで学校休むから。寂しくても泣くなよ」

「お前なあ、」

その先を言う前に、彼女の姿は帰宅ラッシュの人混みに紛れて見えなくなってしまった。

僕の鼻先にラベンダーの香りだけを残して……。