「あれ、読んでくれたか」


 風呂上りの晩酌をしながら、妻に尋ねてみた。


「ごめんなさい。忙しくて読めなかったわ。まだ書き上がっていないんでしょ?」


「あの小説はな」


「じゃあ、書き終わる頃までには読むようにする」


「なあ淳子」


「なあに?」


「もし、もしだぞ、俺が今の会社をクビになったら、どうする?」


「突然どうしたの?そんな話でもあるの?」


「いや、今のところそれは無い。だが、このご時勢だ。俺のような何の取り得も資格も無い人間は、いつ職を失っても不思議じゃないからな」


「そうなったらそうなった時の事よ。幾らか貯えもあるから、多少は凌げるでしょうし。それに、あなたと一緒になったばかりの頃や、あの子達が生まれたばかりの頃の大変さを思えば、そんなにびくつく事じゃないわ」


「お前、思ってたよりも強いな」


「そうかしら。開き直っているだけかも。高望み、捨てたから」


「どんな高望みだ?」


「ないしょ」


 五十を過ぎた妻が、可愛く思えた。