「あなたはいいわね」


「ん?どういう意味だ?」


「その歳になっても、そうやって夢を見れているもの」


「夢、という程のもんじゃないよ。お前達がやっているブログなんかと、そう大差は無いさ」


「私のはただの憂さ晴らし。日頃他人に言えない文句をだらだらと書いているだけだから。『さよなら異邦人』、私は嫌いじゃないな」


「ん?お前、読んだのか?」


 淳子は悪戯を見つけられた子供のように、肩をすくめて目元に笑みを浮かべた。


「あなたにしては、若者ぶってるけどね」


「まあ、読者層が読者層だから」


 何と無く面映い感じがした。妻が私の小説を読んでいたなんて、思いも寄らなかった。


「読んでくれていたのなら、一言感想とか聞かせてくれればよかったのに」


「昔から私は批評家に向いていなかったもの。面白いか面白くないかのどっちか。それでしか判断出来ないから」


「究極はそれが肝心要なところだと思うよ。小難しい理屈を並べて語るのは、似非文学者気取りの奴さ。そういう奴に限って、大概くそ面白くない駄文を書く」


「その辛辣さ、昔のあなたみたい。さ、私は先に寝るわね。熱中するのも構わないけれど、程々に。もう若くないんだから」


「ああ」


 妻の言葉には、いつもの言い方よりも、少しばかり慈愛がこもっていた。