さよなら異邦人

 そうなのである。私は、彼の娘の名前を小説の中に登場させた。モデルと意識してだが、年齢は一つ下にした。勿論、この事は彼に伝えていない。


 いずれ、機会があったらとは思っているが、まだいつ完結出来るか判らない小説の話をしても仕方が無い。


 本当は、バスの中で続きを考えたかったが、慣れない日本語を一生懸命になって話そうとするアントニオを無下には出来なかった。


 市営住宅の灯りが見え、やっと一息吐けた気分になった。狭い団地だが、それでも我が家に代わりはない。


「ただいま」


 夜の9時を過ぎているから、子供達はとっくに食事を終えていた。玄関を上がってすぐのキッチンには、私一人分の夕食だけがラップに包まれているのが見える。


「お帰りなさい。お風呂、少し待ってて。今、里佳子が入っているから」


「構わないよ。先に一本だけ飲もうかな」


 妻の淳子が冷蔵庫から発泡酒の350缶を取り出して、テーブルの上に置いた。


 このところの不景気もあるが、晩酌で瓶のちゃんとしたビールが出たのはいつだったろう。


 缶のプルトップを開けながら、そんなしょうもない事をふと考えた。


「龍之介は部屋か?」


「ええ」


 妻が洗い物をしながら答えた。