紗矢花を降ろしたあと、そのまま向かった先は彩乃のマンション。

彩乃と知り合ったのは、大学時代の友人の繋がりだった。


「遼……遅い、待ちくたびれたよ」


リビングに入るなり、彩乃は俺の腰に腕を回し強く抱きついてきた。

棚の上に飾られた時計の針は、もうすっかり深夜を示している。


「ごめん。さっきまで来客があったから」

「もしかして……あの子?」

「……まあね」


俺の手は彩乃の長い髪を撫でているのに、心はそこには存在しない。

彩乃の唇を首筋に感じながらも、紗矢花の潤った柔らかな唇と重ねていた。





紗矢花を中途半端に知ってしまった自分の体はもう、彩乃では満たされなくなっていた。

ベッドの上で仰向けになり天井を見上げる。

ただ虚しさが残るばかりで何も癒されない。紗矢花の感触が蘇るばかり……。


「ねえ、遼。キスして?」


言われるがままそっと額にくちづけると、不満気に彩乃が眉をひそめる。


「そこじゃなくて、唇に」

「それは……無理」


キスを拒めば、彩乃は寂しそうに小さく息をついた。


「遼の方から唇にしてくれたこと、ないよね」


そう言われても、本気ではないという意思表示だから当然のことだった。


服を着ようと起き上がったとき、彩乃がこちらに背を向け肩を震わせていることに気づいた。


「どうした? 最近不倫相手とは会ってないの?」

「……あの人とはとっくに終わってる」


振り返った彩乃の瞳から、涙が一粒零れた。