あのとき指輪に触れたことで彼氏の存在を思い出さなければ、あのまま紗矢花をベッドに沈めていたと思う。

もしそうしていたら、紗矢花はどう反応したのだろう。


「遼……。ごめんね」

紗矢花は下を向いたまま小さな声で謝った。


「浮気の手伝いさせちゃったようなものだよね。私……最低。寂しいからって遼にあんなふうにして」

「紗矢花は悪くないよ。寂しい気持ちは理解できるから」


彼氏への復讐、当てつけのために俺を使ったことくらいわかっていた。

それで紗矢花の心が少しでも軽くなるなら……。


「遼は優しいね」


淡い水色のワンピースの裾を直しながら、紗矢花は柔らかく笑う。


――優しくなんてない。

溜め息を殺し、俺は心の中だけでつぶやいた。


「彼氏とよく話し合ってみた方がいいよ、逃げていても何も解決しないし。また何かあればいつでも相談に乗るから」


もっともらしいことを告げ、『自分を見せる』と約束したくせに、前と変わらず優しいフリをする。


「そうだよね。真実を知るのは怖いけど、彼とちゃんと話し合ってみる」


紗矢花はそう決意を見せ、家の前に到着したタクシーを降りた。


――これから、さっき紗矢花にはできなかったことをしに行くのに……。

彼氏と別れてくれるのを待ち望む、ただの卑しい男なのに。

紗矢花は何も知らず、無邪気な瞳で手を振っていた。