渋い表情を作った兄は、ほんの一瞬ジンへと視線をやる。


「あいつの好みはよくわからないけど。まあ、アリなんじゃないか?」


兄の言葉に、ジンが静かに楽譜から顔を上げた。


「でしょ? 美男美女だし、いいかも。今度愛梨ちゃんに紹介するね」

「……うん。ありがとう」


笑顔は見せず、愛梨ちゃんは曖昧にうなずく。


「紗矢花──」

ジンが私の名前を低く呼んだ。


「おまえ今、わざと俺の名前出さなかっただろ」


口元は笑みの形なのに、眼つきはまるで獲物を見つけた虎のよう。


やっぱり、こちらの話をしっかりと聞いていたらしい。

大方、愛梨ちゃんに好意を持っているものの、きっかけがなくて進展できていない、そんなところだと見た。


「だってジン、興味なさそうなフリしてるから」


私は意地悪く笑ったあと、スマホを持ってジンのそばへ駆け寄った。


「そういえばね。陽介が犬を飼ったんだって。可愛いでしょ?」


子犬の画像を見せると、彼の鋭い眼つきは瞬時に和らぎ、穏やかな雰囲気に変わる。


「今度、一緒に見に行こうよ」

「そうだな。陽介にも最近会ってないしな」