陽介には悪いけど、そんな気はさらさらなかった。
紗矢花を忘れるなんて、できるわけがない。
「そういえば、“あの子”のことはいいのか?」
ふと思い出したように陽介が聞く。
「ああ……。探してはいるけど、まだ見つからない。全然手がかりはないから、ほとんど諦めてるよ」
ピアノのコンサート会場で毎回見かけ、ファンだと告げられ。
顔見知りになったのも束の間、急にコンサートに現れなくなった彼女。
髪の長さや目が大きくはっきりとしている部分が、紗矢花と似ていて。
だから、その彼女のことが気になっていたのかもしれない。
最後に会ってからしばらく経つから、記憶も曖昧になってきた。
街中ですれ違っても気づかない自信がある。
もしも彼女が見つかれば。
紗矢花を忘れるきっかけには、なるのかもしれなかった――。



