水彩画の授業中。

前の席に座っていた真鳥(まとり)天音(あまね)が、絵筆を持ったまま振り返る。


悠里(ゆうり)、髪伸びた?」


いつも気だるげで年齢不詳の彼は、たぶん私たちよりも年上。

アッシュグレーの髪が落ち着いた雰囲気を出していて、教室内ではお兄さん的存在だった。


「あ……言われてみれば。髪型変わったよね、可愛い」

「ありがとう。気分を変えたくて、伸ばしてみたんだ」

「紗矢花と髪型ほぼ一緒だし。あんたら、姉妹みたいだな」


そう言われ、私と悠里は顔を見合わせる。

昨年まではショートだった悠里の髪は、顎のラインを越えた切りっぱなしボブに変わっていた。


「ほんとだ。お揃いみたい」


二人で笑っていると、シルバーの指輪をつけた天音の指が、コツコツと私たちの机を叩いた。


「俺には、アレないの?」

「あれって?」

「チョコレート」

「ああ……バレンタインのチョコね」


仕方なく、昼休みに悠里と食べようと思っていた個包装のチョコを1粒差し出す。


「おー、ありがたいね」


たったの1粒なのに、天音は目を細めた。


「今ちょうど、糖分に飢えててさ」

「糖分? バレンタインのチョコがほしかったんじゃなくて、栄養のため?」

「天音君らしいね」


確かにその外見なら、女の子に飢えていたり、男友達とチョコの数を競ったりしているようには見えない。