エングラム




しばらく沈黙がおりた。
呼吸さえどこかに置いてしまった。

目の前の委員長は、赤い顔で私の腕を掴んだままだ。

こんな近い距離でこんな迷子の顔を見ないでほしい。


捕まれた腕は、思ったよりたやすく解けた。


「………弾いてよ、願い」

最後の一言は、曲のタイトルとして言ったのか。はたまた別か。


本当は、違う誰かに弾きたかった気がする。


誰かと約束をして、これにしようと曲を決めて、学校で練習して。
一度曲のタイトルがバレそうになって、焦った気がする。


──…気がする、でしか、ない、けれど…。


「分かりました、弾きます」

いつかの“願い”が大切で。
だから“願い”の名を持つ曲を弾こうとした。


鍵盤に指を走らせている間、霞掛かった何かが思い出された。


──…お前もいつかなんか歌え。

ペダルを踏み、音を空間に伸ばす。

──…あー…、私歌には自信なくて…。

──…じゃあピアノ。ピアノなら、って読めたぞ…。

──…うわぁ。とりあえずまぁ、申し訳程度なら…。

──…じゃあ楽しみにしてる…。

いつかにした約束。
忘れたなくした“願い”。