エングラム




シイは手を離すと、私の頭を撫でてから立ち上がった。

「昔の彼女のものなんて、そんな訳ないだろ」

さりげなくそう言って、オレも風呂、と行ってしまった。

「昔、かあ…」

そう呟きながら、無機質なテレビの音を聞き流す。


──…この後どこで寝るのかな。


一緒に寝る姿を思い浮かべたが

「あ、ないなそれは」

直ぐに自分の寝顔を想像して幻滅する。

シイからもらったクラスペディアと紫蘭の花は、流れでテーブルに置いたままだ。

それを手にとり、鼻に近付ける。

甘い香りについつい口元が笑う。
シイの言葉も思い出して、くすぐったくなる。


黄色いボンボンのような花に、直立した茎の容姿をもつクラスペディア。

ドラムスティックという別名に相応しい。

──心の扉を叩く、という花言葉は非常に似合いだ。

永遠の幸福。もう一つの花言葉は彼らの音にピッタリだと思う。


紫蘭は、濃い紫色の花びらを少し俯きがちに咲かしている。

まるでシイたちと出会う前、捨てた昔の私だ。
俯いてばかりだった。

美しい姿。変わらぬ愛。あなたを忘れない。

この名前であることに、今日ほど喜びを感じたことはない。