エングラム











今までこんな気持ちになったことはないと、目の前にあるシイの瞳を見て気付いた。

重ねた唇に、残る余韻。

絶対に私、耳まで真っ赤だ。

「──…さて、ベッドに行くか」

「なっ」

一歩退いて、持っていた花を握り潰しそうになった。

「冗談だ」

至近距離で悪戯っけな笑み。
彼が少し腰を折っていることに、改めて歳の差を感じた。

「冗談に聞こえませんっ」

「あぁ半分本気だったからな」

ちゅ、と額にキスを落とされる。
シイは笑うと、折っていた腰を伸ばす。

「もう飯にしようか」

そう言うシイを横目に、触れられた額に手を当てた。


暫くぽけーっと、先程の甘い余韻に浸っていた。

あまりにも夢のようで。

けれど、

「お前、家事は?」

そう聞かれて

「…………苦手です」

いきなり現実的な雰囲気に戻った。


家庭科の調理実習では、料理に卵の殻が入っていて怒られた。

家で夕食作りを手伝っていたら、──我ながらベタでダサいけど──塩と砂糖を間違えた。

随分前には洗濯をするために洗濯機を使ったら、操作を誤り壊しそうになったこともあった。