エングラム




恋というにはこれは苦い。
愛というには甘酸っぱい。

あぁ駄目。
たまらなく、好きだ。


灰色の中に二人、寄り添う。


耳を澄ますと、ユウの階下での話し声。外の喧騒。

遠くに感じる。

さっきまでのライブコンテストも、既に昔のように思える。

「シラン」

シイがゆっくりと頭を離した。
重みと温かさを手放し、惜しいと気持ちさえ抱く。

「なんか──二人だけ、みたいだな」

向けられたのは、少年のようなはにかみ。
7歳年上の大人だと忘れそうな、こどもっぽい笑み。

「…そうですね」

ゆったりと感じる時間。
ケイが居ないままにした演奏が残した空虚のせいだと気付く。


すぐに足音と共にユウが戻ってきた。

「お帰り、ユウ」

シイが言う。

「ケイのお父さんが電話に出ました」

答えず唐突に、いつもと変わらないキツネ目は語る。




「ケイは今、病院にいます」




──騙るわけではない語るに、場の空気が凍り付いた。