「あぁごめん、つい」
楽しそうなケイの声。
「もう少ししたら、これ役に立つよ」
分厚い英和辞典など何に使うんだろう。
私英語苦手だからな…使い道なんて押し花作るとかしか思い浮かばない。
未来が見える少年に、私は一応お礼を言う。
「うんまぁ、未来のために」
何かのため、というのは必ず何かが犠牲になる。
この場合、未来のために今が、といったカンジ。
ケイから借りた英和辞典を持ちながら、私はシイと電車に乗った。
ベースといいこれといい、ケイからは物を借りっぱなしだな。
「返せばいいんだ、その分」
「……もうこれからは、また読んだ、なんて突っ込みません」
隣の座席に座るシイに言う。
シイは笑ってから、先程打ち切られてしまった話を持ち出す。
「オウんとこ行くんだろ?」
「はい、オウ兄の家に行くのはもう一年ぶりぐらい…ですね」
窓から何度か行ったオウ兄の部屋。
微かに霞んだ思い出。
「そうか」
シイはそう返事をくれた。
オウ兄のお母さん──おばさんとかって呼ぶのは憚られる──に会うのも久しぶり。



