エングラム




耳にかかった吐息。
抱きしめられた時の熱。

「………っ」

耳元でしたシイの甘くて低い声。
抱きしめられるという、安心感。

思い出して胸が裂けそうになった。

これが恋とやらですね。

あれ以来人が怖くなって、恋なんてしなかった。
男子ともあんまり喋れないままだ。

シイの顔が嫌でも頭に浮かぶ。
いや、嫌じゃないんです。
照れ臭いんですよ。

癖のない、少し長めの黒髪。
顔つきは男らしい、と思う。
黒縁の眼鏡の奥の二重の目。

首筋とか。

抱きしめた時感じた、体の奥の筋肉。

あれが男の子ってやつなんだ。


…気が付いたら自宅の前だった。

もうこれ病気だよ、オウ兄。
隣の家を見て心の中で言った。

家に帰って、自室に飛び込む。

「よし練習っ」

小型のアンプに、ベースと繋げる為のコードのシールドつけて。
ピックはティアドロップ型。

ヘッドフォンを繋げて、ベースを構えた。

もう馴染んだ重み。

チューナーを使いチューニングを済ませ音を合わせた。

「曲はっと」