牛車の前で、多子は行ったり来たりしていた。
勇気を出して、蓮台野に足を踏み入れようとしてみるのだが、どうしても足が竦んでしまう。

「姫様。どうぞ、車の中にお戻りください。呉羽様も、すぐに来てくださいますよ」

牛飼童の右丸が、しきりに多子に声をかける。
この時代、いいとこのお姫様が、姿を隠すことなく外を出歩くなど、考えられないことなのだ。

「だって、蝶を飛ばしてから結構経つのに、物音一つしないじゃない」

いくら明るい昼間の陽の下であっても、人っ子一人いない葬送の地は不気味だ。
変に物音を聞きたくないという心理もあって、故意に耳をそばだてないようにしているのだが、そんなことは悟られたくない。

多子は鞠を抱いて、そっと視線を蓮台野に向けた。
妙なものを見ないため、焦点は微妙に合わさない。

が、その目が、はっと見開かれた。

ゆらゆらとこちらに向かってくる影が見える。
一瞬身体を強張らせた二人だが、影の姿がはっきりするや、多子は目を輝かせて叫んだ。

「お姉様!」