それから三日ほど経った、ある昼下がり。

呉羽がそはや丸に、髪を梳いてもらいつつ、うとうとと午睡していると、遠くから小さく牛車の音が聞こえた。

薄く目を開けた呉羽の視界に、小さな紙の蝶が映る。
多子に渡した式神だ。

「おや、お姫さんからの呼び出しかい」

そはや丸の声に、呉羽は無造作に紙の蝶を掴んだ。
切迫した感じは受けない。

「おい。通りまで迎えに行ってやれ。どうせそこまで来たものの、この地に入るのが恐ろしくて、式を飛ばしたのだろうさ」

呉羽は式の蝶に息を吹きかけ、ただの紙に戻すと、面倒くさそうにそはや丸に言った。

「やだね。なんで俺が。お前の髪を梳いてやってるのだけでも、有り難いと思え」

手を止めることなく、そはや丸が言う。
呉羽はゆっくりと起き上がり、盛大にあくびをした。

「こら、動くな」

そはや丸が、乱暴に呉羽の頭を、自分の胡座をかいた足の上に乗せる。
呉羽は再び、うとうとと大人しくなった。

普段は口が悪く偉そうだが、眠っている姿は、年相応に愛らしい。

そはや丸は、櫛に絡まった髪を一本手に取ると、小さな呪(しゅ)を唱えて息を吹きかけた。
そはや丸に吹き飛ばされた髪は、床に落ちると同時に呉羽の姿をとった。
しかし、微妙に透けている。

そはや丸は、この呉羽の‘影’に、多子を迎えに行かせた。