それから一月(ひとつき)ほど後、呉羽は川の水に浸かりながら、ぼんやりと遠くに見える鞍馬山を眺めていた。

「烏丸は、元気かなぁ」

ぽつりと言った途端、頭から水をかけられる。

「うっぷ。お前な、かけるときはかけると、一言言ってからかけろって」

頭を振って水を飛ばす呉羽の背後には、桶を持ったそはや丸が、胡座をかいている。

「ほら。いつまでも浸かってねぇで、とっととあがりな。身体が冷えるぜ」

呉羽の文句を聞き流し、そはや丸は単を投げて寄越す。
しぶしぶ呉羽は、そはや丸が丹念に洗った髪を絞りながら、水からあがった。

水浴びをしていたので、当然呉羽は何も身につけていない。
が、そはや丸は、何ら気にすることもなく呉羽の髪を梳き、当の呉羽も、そはや丸の目を気にすることなく、単を身につける。

右丸が目撃したら、さぞや衝撃的な場面だろう。

「さ、後は屋敷に帰ってからだ」

言いながら、そはや丸が桶を抱えて歩き出し、単の上に衣を羽織った呉羽も後に続く。

「旋風丸と多子様は、仲良くやってるかな」

再びぽつりと呟く呉羽に、そはや丸は前を向いたまま口を開く。

「烏丸も近くにいるしな。あのお姫さんも、なかなか大したタマだから、うまくやってるだろ」

「そういえば、右丸は旋風丸のこと、知ってるっけ」

ふと思いついて、呉羽は首を傾げた。

あの後、蓮台野まで送るという多子と右丸の申し出を断り、三条邸に帰り着くと、門前で別れた。
呉羽はとりあえず、時刻も遅かったし、少しでも早く多子を帰しておきたかったのだが、てっきりそはや丸が文句を言うと思っていた。

だが意外に、そはや丸は呉羽が車から降りるなり、彼女を引っ張るように歩き出したのだ。
そはや丸に手を引かれたまま、慌ただしく挨拶をした呉羽を、多子は意味ありげに笑いながら見送っていた。