「マーサ、ねえマーサ起きて、ねえ……」
彼女の体を揺すって起こし、僕はカウンターの中に入って水を入れたグラスを差し出した。
「……ああ、ボウヤかい?
ありがとう」
「どうしたの?飲み過ぎちゃったの?
無理してお客さんと遅く迄付き合う事もないのに」
「お客さんじゃないよ……」
「まあ、誰だろうが構わないけどさ、こんな調子で飲んでると体壊しちゃうよ」
マーサは、何処を見るでもなく、視線を漂わせていた。
僕の言葉など、半分も耳に入っていない。
こんなマーサを見たのは初めてだ。
彼女の頬に残っていた涙の跡の事を聞かないようにして、カウンターの中から片付け始めた。
「ボウヤ、今夜はもういいよ」
「もういいって?」
「今夜は店を休む事にするよ」
彼女に何か言おうとしたが、結局、僕は何も言えず、又、休む理由も聞かず、
「判った。じゃあ、僕は帰るけど、臨時休業の貼紙だけしとくよ」
そう言って店を出た。
マーサを一人残して置くのは、何となく気が引けたが、彼女の全身からは、誰をも寄せ付けない拒絶感が感じられた。
アパートに戻ると、丁度上から降りて来るリュウヤさんと顔を合わした。



