マーサは、店を年中無休で営業していたから、僕に時々休めと言ってきたりする。

 たまに休もうかなと思うのだが、部屋に一人で居てもする事が無いから、夜になると店に顔を出し、カウンターの席に座ってしまう。

 結局、途中で仕事を手伝う事になるから、休みの意味が失くなるのだが。

『サッド・マン・スリー』では毎週金、土が定期ライヴの日で、たまにスペシャルライヴと称し、他の曜日にゲストを呼ぶ事がある。

 よくアマチュアのバンドがライヴをやらせてくれないかと言って来る事があるが、マーサは必ず演奏を聴いてから返事をする。

 なかなか彼女の眼鏡に叶うバンドやミュージシャンは居なくて、時にはプロと称してライヴハウス回りをやっている連中をも、

「なっちゃいない」

 と言って断ったりする。

 時々、マーサ自身がピアノを弾きながら何曲か歌う事もあるが、そういった夜は会話どころか、グラスが触れ合う音一つとして無い。

 マーサが歌い終えた瞬間、満面の笑みを浮かべた客達は、心からの拍手を送る。

 勿論、その中には僕も居る。

 マーサが歌うなんてそうそうある事じゃないから、その時は、例えオーダーの伝票が百枚あろうとも無視する事にしている。

 いつ位からか、レナがマーサからボイストレーニングを受けるようになった。

 レナが一曲丸々歌うのを初めて耳にした時、僕は変な事に、彼女に対し嫉妬心を抱いた。

 どうして嫉妬心を抱いたのか判らないが、きっと、音楽の世界に飛び込んで行ける彼女の才能と、やりたい事に向かって行ける勇気、そして、二十歳にもならない彼女が、既に歩むべき道を自分の意志で歩いているという事に、己とを対比させ、そんな感情を抱いたのだと思う。

 だからと言って、彼女の未来が彼女自身の思い通りになったかと言うと、それは判らない。

 だが、未来がどうであれ、現在をどう生きるべきかという意味に於いて、当時のレナは、間違い無く自分の両足で道を踏み締めていたと思う。

 僕は彼女のそういった意志の強さに嫉妬心を感じる一方で、より惹かれて行った。