ある夜、客も殆ど帰り、僕とレナとマーサだけになった。

 バックバーから初めて見る銘柄のウイスキーボトルを取り出し、

「これは、アタシからの奢りだよ」

 と言って、オンザロックを作ってくれた。

「レナちゃんはトニックウォーターで割って上げようか」

 飲んでみると、普通のウイスキーとはちょっと違う味がした。

 ボトルのラベルを見ると、”ヘブン・ヒル”とある。

 初体験のバーボンがヘブン・ヒルの15年とは、随分ラッキーなデビューを飾れたものだ。

「あの人が好きな酒でね……」

 そう言ったまま、マーサは押し黙ってグラスを傾けていた。

「ねえ、前から聞こうと思っていたんだけど、『サッド・マン・スリー』て店の名前にはどういう意味があるの?」

 話しのきっかけ作り位の気持ちで掛けた言葉が、マーサの感傷を呼び起こした。

 二、三拍間を置いてから、マーサはレジの横の棚から一枚の古いLPレコードを取り出し、僕達にそのレコードジャケットを見せた。

 アルバムタイトルの一段下に、やや小さ目な字で、『サッド・マン・スリー』と書かれてあり、裏を見ると、三人の男性プレイヤーの写真が載っていた。