「ああ。分かってるけど?」
「あたしは先生のモノになるし、先生だってあたしのモノになるんだから」
「……分かってるけど」
「先生の不安だって……、あたしのモノになるんだから」
そこまで聞いて、初めて市川の言いたい事が分かった。
伝えようとしている事が、分かった。
ゆっくりと顔を上げた市川と、視線がぶつかる。
頬を伝う涙が、蛍光灯の光でキラキラと光って見えた。
「こんな紙切れ一枚だけど、すごい効果があるんだからっ。
もう、他人じゃなくなるんだから……先生は、あたしを信じなくちゃダメなんだよ……っ」
「市川……」
驚きが隠せなかった。
この婚姻届に、まさかそんな想いを込めていたとは思わなかったから。
でも、今までの市川の緊張も不安も、俺のためだったんだと思うと……、
どうしょうもないほどの気持ちが込み上げる。
俺のために、こんな―――……、
「あたしを束縛する自分が許せないっていうなら、あたしが先生を束縛するからっ!
結婚して、先生がどんなに嫌がったって独り占めするから……っ!」
ポロポロと流れ落ちる涙なんか気にしないで、市川は俺を見つめる。
市川の途切れることのない涙と言葉が、心臓を掴んだように苦しくさせていた。



