「梓ちゃんは今まで付き合ったヤツいるの?」
駅からの帰り道
少し前を歩く武史が聞いた。
「…一人だけ」
梓が少し顔を曇らせたのを見て
武史は前を向いた。
「そいつと…なんかあった?
梓ちゃんさっきもそんな顔してた」
決して振り向かない武史の背中に
梓はなかなか口を開けなかった。
少しの沈黙の後、梓が言った。
「少しだけ付き合って振られちゃって…」
ごまかしたような梓の言葉に
武史は素直にうなづいた。
「そっかぁ…
つらかったんだね」
…適当に言っただけかもしれない。
だけど
隠した事すべてを武史に見透かされている気がして
梓はそれ以上何も言えなくなってしまった。
武史の笑顔に隠し事をした罪悪感を感じながら
梓は武史の少し後ろを歩いた。
何も聞かない武史の背中が
無性に力強く見えた。
それは
いつもの調子のいい武史ではなく
1人の男の背中だった。
武史の後ろ姿にドキドキする自分に
梓は戸惑っていた。
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