別に亮が欲しかったわけじゃない。

奈緒を困らせたかっただけだった。


『自分だけ抜け出すなんて許せない』


美沙の中にゆがんだ感情が湧き上がり
美沙を占拠する。



美沙の誘惑ぐらいじゃ2人の関係は崩れなくて

その事が気に入らない反面…


ほっとした自分もいた。


『あたし何やってんだろ』


『水谷さんはずっと苦しんでて…

やっと元気になれたんだからよかったじゃない』


心のどこかではそう思っていたから…


幸せそうに笑う奈緒が許せないと思いつつも

奈緒の幸せを自分で奪いたくないと思う。


美沙の心はとても不安定で…


少しのショックでどちらにも傾いてしまいそうな危うさだった。




「美沙、

オレちょっと実家行かなくちゃなんだけど
一緒に行くか?

たまには美沙も実家に顔だしてやれよ」


気が向かなかったが智也に押し切られて渋々車に乗った。


空を厚い雲が覆っていて
まるで美沙の気持ちを代弁しているようだった。


智也は30分くらいしたら迎えに来ると残して、
美沙を実家に下ろした。


「ただいま…」


返事が返ってこないことを分かりながらも自然と声が出た。


予想通り無言の家の中にあがり込むと
リビングに母親の姿があった。


「…お母さん、何も変わりない?」


とりあえず当たり障りのない事場を美沙が発した。


「いつもどおりよ。

お父さんも…1ヶ月に数日しか帰って来ないし」


「そう」


少し疲れた印象を受ける母親の横顔に
美沙がどうでもいいように返事をした。


「それより…」

美沙のほうを見て話を続ける母親に
美沙が顔をあげる。


「あの事件の被害者の子と一緒に働いてるって本当なの?」


母親の言葉に…

美沙が戸惑ってからうなづいた。


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