私のことが国に知られずにすんだのは、たった半年。 いい勉強ができるから、もっといい生活ができるからって私は国に渡されたの。 施設では、欲しい物は何でもくれたし、美味しい物も食べさせてくれた。 でも、外にだけは15才まで、出してもらえなかった。 訓練と、検査で毎日が終わって、私は私が分からなくなった。 何が好きで、嫌いなのかも。 感情も。 よく分からない。 三善先生は、そんな時に私の前に来たの。