マンションに帰る地下鉄の中、


優先席の前の吊皮に掴まって二人並ぶ。


彼女は、気付いてないのか?


折しも、今日は土曜日で通勤ラッシュは免れたけれど、


出勤のサラリーマンや、大学生らしき男、制服を着た高校生が、


彼女に視線を注ぐ。


少し乱れ気味の髪や、疲れた表情の中にトロンとした潤んだ瞳に目を奪われているようだ。


俺は、電車が停まると同時に彼女の手を引き、


窓際に移動し、ヤツらの視界に彼女が入らないように、


彼女の前を塞ぐように立った。


「どうしたの?」


不思議そうに俺を見上げる彼女。


電車の振動で、フワリと揺れる身体から微かに漂う彼女の香り、


抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。


「なんでもないよ」


俺の心の中を悟られないようにあくまでも普通を装い返事をした。