ずっと……昼休みの事が頭から離れないでいた。

市川と、あの女子生徒の話が。


1人の生徒の家庭問題になんか、深く突っ込むつもりなんかないし、生徒の相談にだって、されない限り乗りたいとも思わない。

教師になった理由は、数学が好きだったからと、安定した職業だったからで、正直、熱心な教育方針なんかを持ってる訳でもない。

できればややこしい事には巻き込まれないように、最低限の仕事だけをこなせれば、それで十分。


……そう思うのに。

あの時の市川の偽物の笑顔がやけに思い起こされてきて……。


らしくない自分にもイライラしていた。

自分と少し似ている気がする市川の過去が、俺を余計に縛り付けていた。


視線を上げて、いつも市川が座っている席を眺める。

朝の腫れた目をした市川の顔が浮かんできて……長いため息をついた。



『まだお母さん帰ってこないんですか?』

『もう2年ですよね?』


デリカシーをこれっぽっちも感じられない、女子生徒の言葉が頭を過る。


「あー……くそ」


どうしても離れようとしない一件に、頭を掻いて……立ち上がる。

食器を片づけてから、冷蔵庫をもう一度開けて買い置きしてあるゼリーを2つ手にした。


そして……。

部屋に戻ってパソコンを起動させてから、市川の部屋に続くクローゼットをノックした。