今の会話だって、全然大した事じゃないのに。

優しい言葉なんかじゃないのに。


それでも、矢野の優しい気持ちを感じた。

その優しさが……あたしの気持ちを揺さぶる。


言ったって、何もならない。

そんな事分かってる。

でも、それでも、矢野に話せば、何かが変わるような気がして……。


『ふぅん』

返って来るのがそんな言葉でも、何かが変わる気がして……ゆっくり矢野を振り返った。


……でも。

矢野のスーツ姿に、途中まで開いた口を閉じた。


教師に恋愛相談なんて、どう考えたっておかしい。

話して、万が一、矢野が他の先生に話したら?


きっと、親に連絡がいく。

迷惑かけて、これ以上嫌われたくないし……うん。


無理矢理自己解決したあたしが、足を進めて食堂を出ようとした時。

矢野に再び呼び止められた。


「市川」

「なに?」

「ん。やる」


呼ばれた名前に振り向くと、握った手を差し出す矢野の姿があって。

あたしは表情をしかめる。


「……虫とかやめてよ?」

「小学生かよ。そんなくだらねぇ悪戯しねぇって」

「……本当に? あたし、昆虫とか絶対ダメなんだけど」

「だからしねぇって。……どんだけ信用ねぇんだよ、俺」


クックッと苦笑いを浮かべる矢野に、あたしは少し考えた後手を差し出した。

そして、手の平に落とされたものに……首を傾げた。


「……なに?」

「さぁな。……目薬かな」


優しく微笑まれて……あたしはそんな矢野の表情から逃げるように、視線を手の平へと落とす。


「……ただの飴じゃん」


あたしの言葉に、矢野が笑った。