【矢野SIDE】


笑顔を向ける市川の姿が、頭から離れないままその日を過ごした。

昨日までは、避けているように顔を合わせなかったのに……


後から何度考え直しても、今朝の市川の様子はおかしかった。


「矢野先生、どうぞ」


ビール瓶を差し出しながら言う同僚の教師に気付いて、俺はグラスに半分ほど残っていたビールを飲み干した。

空いたグラスに、金色の透明な液体が、白い泡を立てながら注がれる。


「小学校なんかは、夏休みはプールの当番なんかもあるから大変ですよね」


ビールを勧めにきた女性教師は、どうやら俺の隣に居座るつもりのようで、店の名前の入った座布団に足を揃えて斜めに座った。

そんな様子に気付いて、バレないようにため息を逃がす。


「そうですね」


今日は、「親睦会」という名前の飲み会。

もう何日も前から決まっていたため、仕方なく出席していた。


「教頭先生ってば、いっつも矢野先生を目の敵にしてて、頭にきますよね」

「あー……まぁ、俺にも悪いところがあるんで仕方ないですよ」


隣に座る馬場先生の言葉に、適当に返事をしながら時計に目を移す。

20時37分。

飲み会が始まってから2時間が経とうとしていた。